2011年03月15日

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昨夜、地震発生から初めて自宅で一夜を過ごしました。
それまでの数日間は、実家から出勤。帰宅先も実家。と、いう。

「地震の被害の為」でそういった事になっていたのではありません。
うちの被害なんて物が落ちたり本が崩れたりくらいでした(崩れたもので居場所がなくなっていましたが<もの散らかしてるせい
自宅が建物の5階なもので、通常よりも揺れを大きく錯覚してしまい精神的に落ち着かず。
家族がいる、自分以外の人間がいる実家の方に入り浸っていたという……。
同居の姉は災害対策本部に出向してて、家になかなかいなかったしさ(弱い人間でごめんよ
今は余震に対しても過敏にならず。
身体の痛みも痛み止め薬で山場を越え、今は薬無しで普通に動けるようになりました。

つらいのは続々と増える悲報と、以前の日常とは違う日常が流れている事。

私の住む土地は「被災地」として分類されていますが、被害規模は小さいほうです。
道路の陥没や停電、断水が続く地域はあるけれど、復旧は日に日に進んでいます。
今すぐ命の心配をする状況ではありません。
そんなところでも、お店には人々が殺到し行列をつくり。冷静に考えれば買わなくても大丈夫なものまで買い占めようとし。あとには空の商品棚が残るばかり。
車のガソリンを補給する為に、多くの車がガソリンスタンドに列をなし。そのせいで道路が渋滞し、道を通りたいだけの関係ない車が身動きとれず……。
これらは自分達の生活の為だ。という事はわかっています。
それでも「その商品を必要としている人は他にもいるのに」とか「その道路は国道につながる、物資流通の為の大事な道路なのに」などと、考えずにはいられません。

ライフラインがほとんど復旧していない母の実家仙台には、母の兄姉家族や90超えた祖母がいます。
姉が「ちょうど東北に帰っていた同僚と連絡とれた。無事だけどあかりが電池がないって。どうにか届けられないか……」と、泣きそうに言うのです。
それと、報道されている避難所からの声を聞き――――

支援物資は、今は個人からは送れないので災害募金を。
献血は今多くの人が集中しているそうなので、分散時期をおいた頃に。それまで献血のできる身体作りを。

これくらいしかできそうにないけれど、これだけでも自分がしたい。
posted by hatuki at 23:11| Comment(0) | 日常